"　春先は絶好の観光シーズン。観光客につれてスリも街に溢れだす。

　地下鉄に慌てて乗り込んできた中年のそのヨーロッパ人女性旅行者は、パリは初めてのようで、電車が動きだしてからも車内に掲示されている路線図を見上げたり、手にしたガイドブックを広げたりといかにも落ち着きがなく、着込んだスプリングコートも前をはだけてだらしがない風体だった。すると、2人組の小僧スリが寄ってきて、一人は監視役を勤め、実行役はと見ると左手にかけたトレーナーで巧みに隠した右手を伸ばして、カモのカバンを開けようとする。

　ただならぬ気配を察したのか、中年女性がカバンを引き寄せると実行役の小僧もさっと手を引っ込め素知らぬ顔。

　カバンやポケットを確かめた例の女性は、またガイドブックに見入っていたが、電車が次の駅に着くと乗換えと見えて降りていった。すると、張り付いていた小僧のスリも電車を降りてゆく。
それも、二人で路線図を見上げながら、さも乗換えの相談をしている風を装っている。カモと狙った中年女性をよほど組みし易い相手と睨んで尾けていったものと考えられる。

　当然の事ながら、スリも手当たり次第に財布を狙っているのではなく、服装もだらしなく、見るからに注意力散漫な無警戒な人間を狙っているのである。"