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メキシコ / メキシコの鉄人が行く! 旅日記 〜 Super Fiesta 400 = 日墨交流400周年 〜 その4

掲載日時:2009年07月31日

情報提供:株式会社メキシコ観光

★その4 --- 日本版「聖人」は、菅原道真公の「天神様」?

※その1〜3は、下記サイトにてご覧下さい。
 その1 http://www.otoa.com/news_detail.php?id=15394
 その2 http://www.otoa.com/news_detail.php?id=15541
 その3 http://www.otoa.com/news_detail.php?id=16047

前号で登場したメキシコ人 聖フェリペ・デ・へススは、長崎で十字架に掛けられ、殉教することで聖人になりました。「聖人」になる意味は、限り在る人生を永遠のものにするキリスト教的方法であるようです。こう考えると、殉教者が嫌がらずに歓喜をもって死を迎える意味がわかる様な気がいたします。

「死」が怖くなくなるのである。今年還暦で「死」も間近な私にとっては「死」が怖くなくなる殉教は参考にしたいところですが、かなり痛そうな気がしてなりません。痛くない「限り在る人生を、永遠のものにする」法はないものかと探索した結果、日本版「聖人」である菅原道真公の「天神様」方式が、日本における典型的な、生身の人間から永久保存版になる方法だと気が付いたのです。

菅原道真公は、平安時代中期に藤原家一門の猛烈なイジメにあい、九州大宰府に左遷されてしまいます。そして、その後そこで「鬱病的引きこもり」状態で怨念死するのです。彼の魂は怨霊となり、イジメ専科 藤原家一門に呪い掛かるのです。この怨霊を鎮めるべく菅原道真公を「天神様」として奉ったのが「天神信仰」の始まりです。
日本版は「聖人」を超え、生身の人間を「神様」にしてしまうスゴイもでした。だがしかし、日本版もかなり大変で、どうやら「怨念死」が聖人になるための必要条件らしいのです。

では、痛みの伴わない「永久保存版」は存在しないのでしょうか。実は、それがあったのです。殉教なしで「聖人」になった宣教師 ザビエルです。彼は業績一筋で列聖されましたが、特に日本での宣教活動が輝いておりました。彼はスペイン北部ナバラ王国、現在バスクの地方貴族で、パリに留学中の1534年、イエズス会の創立に参画。その後早々にポルトガルの貿易船に乗り、アフリカを経由しインドへ到着、東洋への布教活動を開始いたしました。

布教活動の最中、1547年に日本人「やじろう」氏と出会い、日本がキリスト教未開地と知り1549年に鹿児島に上陸し、わが国に初めてキリスト教を伝えたのです。1551年に中国へ渡るまでの日本滞在わずか2年で、偉大なるシェアを獲得! それも江戸時代のキリシタン弾圧を乗り越えるほどの根性のある信者を育てたのですから「聖人」になって当然でしょう。きっと、自己の業績に満足して中国へ渡ったと思われます。

同じ「聖人」でも長崎で十字架に掛けられ、殉教することで「聖人」となったメキシコ人 聖フェリペ・デ・へススとは大違いです。この違いはどこにあるかというと、宣教師 ザビエルは織田信長、メキシコ人 聖フェリペ・デ・へススは豊臣秀吉が天下を掌握する時代に、日本と出会ったからでしょう。
そう人は時代を選べないのです。


その5に続きます。 どうぞお楽しみに!!!



(この記事は、メキシコ国立自治大学(UNAM大学) 教授 田中都紀代様がご寄稿くださいました)